愛されて

どうしてかなしくなるのかって。

愛されていたことに(大袈裟でむずむずするなら、大切にされていたことに)、
気づかされるから、
かなしくなるのですね。
かなしさがふっとわいてくるのですね。

どのくらいの愛情だったか、
日に日にわかってくる、
都度都度、身に沁みてしまう。


私は?
愛していたなんて全く思えないけれど・・・
信頼はしていたし、
永遠だった・・・
そうなんだ・・・・一言でいえば永遠だったのです。
年齢とか、そういうものじゃないところで。



とまとを切りながら、
もう母の育てた、真夏の真っ赤に熟れたとまとを食べることはないんだ、
と思う。
たけのこのニュースをみると、
もう母から茹でたてのたけのこが届くことはないんだ、
と思う。
そしてまたかなしくなる。


季節ごとのかなしみを
ひとまわりするまで、
ひとりで何度涙を零すのだろう。
だれにも知れぬように。


今年はさくらを見まくる!(笑)
二人分!

夏には芙蓉、秋には紅葉、冬には・・・粉雪!(*^^)v

ふるさとのさくらも、そろそろ咲き始めるようです。

そして緑濃い季節へ。
大事にしてきた樹々は季節を繰り返してくれる。

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