恋は底ぢから~★中島らも

「恋は底ぢから」
中島らもさんのかなり前の本です。エッセイ集です。

なぁんだぁ~、と思う話もいっぱいあります。
その中にぐっとくるものがいくつか。
ふと思い出して、読み返す話もあります。

私は「恋づかれ」とか「街の通りにしゃがみこんで」とか(^^)


『怒涛の恋愛講座』
質問に対しての解決法がいくつも。その中の一文。

お互いの無知で傷つけあって、それでもお互いを許しあって、いやし合いながら過酷な時の流れにたちむかっていくのが愛というもので、無傷なツルンとした愛などは「愛」の名に値しないと思います。


なんだか今日は響く。
できれば無傷なツルンとした愛がいいな、と思ってしまう。

許しあって。
理想だけれど、現実にはなかなか「許す」はできないことだろう。

許す。
どれだけの愛情があればできることなのかな。
傷ついてしまった気持ちを越えて、それでもなお大事にしていたい、って思う気持ち。
意地を張ったり、気持ちを読み違えたり、油断したり、思い込んだり、
そんな小さな積み重ねが、傷をびっくりするくらい大きくしたりする。
その大きさに気付かず、甘えたり緩んだりしていると、取り返しのつかないことが起こってしまう。

引用文、理想だけれど。
傷ついてしまった人には、単なる言い訳にしかうつらないだろう。
傷つけてしまった人には、すがりつきたい一文であるかもしれないけれど、虫がよすぎるよね。

思いもよらないくらいに大切な人を傷つけてしまった時、
そんなつもりは毛頭なかったとしても、あとの祭り、で終わってしまうもの?
そうだろうね。

傷つけてしまった人も、どうしようもないくらいに哀しくて悔やんで。
オロオロしてしまうのに。

人を好きでいることは、やっぱりツルンとしていない。
でもツルンとしていられたら、一番いい。

久しぶりに、哀しいがうろうろする一日二日三日。
からだがうっすら浮いている。
手に力が入らない。
それでも日常は容赦なく。
ただ追われるままにこなしていく。


明日は・・・よいお天気みたい。
心はうらはら。
はなみずきはなにごともなく満開。
底ぢから・・・やっぱり空回りかな・・・。わかっているけれど。

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