花供養、白洲正子~~★多田富雄

随分前に図書館に予約していた本が、ようやく手元に。

まだ三分の一も読んでいないのだけれど・・・。

白洲正子さんが亡くなって10年余。
生涯の友、となった多田富雄さんの著です。
古くからの友ではないのだけれど、多くの、どこかに通じるものがあるお二人。
人との巡り会い、真の友と呼びあえる繋がり、
そんなものの不思議、縁、早い遅いのないこと、長さではないこと。。。。
などなど、改めて考えてみたり。


「生涯の最後のお友達のつもりです」

そんな言葉をお互いに言い合える繋がり。
たった一人でも、そんな「友」がいたら、
言ってもらえたら。
幸せってそういうことかな。。

味覚の話。
病気の後遺症で味覚がおかしくなったとき。
しょっぱい甘いの動物的感覚はすぐ戻るのに、炊き立てご飯の味とか、ワインの味とか、そいうった高級な味がいつまでたってもわからない、はっきりしない。
嗅覚もしかり。
そのつらさはお医者さんにはわからない。。。

飛躍する脳の話。コンピューターに同じ回路をつくったら、すぐに壊れてしまうでしょ。

などなど、
いくつになっても、話題に広がりがあり、尽きることのない日々。


生涯最後のお友達。
頭の回転が似通っていたり、同じような時代を生きていたり、性格的にも似ていたり。
まったく同じではきっとつまらない・・・。

そんな人にめぐり会えるのが楽しみ。
もうめぐり会っているのかも?ですが。
(*^。^*)


今日の東京は雨。
風も強く。

忙しさに追われていても、
窓についた雨のあとを、そってなぞれる時間があれば。
忘れていた人に優しくなれるのに。

この記事へのコメント

さとし君
2010年07月30日 02:38
白洲正子さんは僕の親爺と産まれた年が同じです。薩摩士族で伯爵の父を持ち、青年期からずっーと能のことをお勉強されて、多田さんも年は若いですが、尊敬されていたようで。。「生涯最後の友達」僕にはいないです。尊敬する友はいますが。。
贈歌『窓ガラス 露ある面に 一文字を 自己をみつめ 君をも想う』(さとし)
カロイ
2010年07月31日 01:04
さとし君、こんばんは。

歳を重ねる楽しさとかなしさ・・・そんなことがあちこちに。
生涯最後の友達。
未だいないということは、まだまだ長生きするってことじゃないかな・・・(#^.^#)

歌、ありがとうございます。
一文字。なんという字が見えたのか。
その時の心情が表れるのでしょうね。

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